パチンコ店員を辞めると親に伝えた結果。肯定的な反応の裏にあった真っ当な本音
パチンコ店員を辞めると家族に伝える瞬間は、誰だって緊張するも……

パチンコ店員を辞めてから転職活動を始めるのは、精神的に大きな覚悟が必要です。
仕事を辞めた瞬間から収入は一切なくなり、貯金だけで生活する日々が始まるからです。
実際に私が経験した「丸々3か月間の無職生活」を支えた、リアルな予算の考え方をお伝えします。
仕事をやめた次の日、私は実家に帰りました。
仕事を理由になかなか帰ってなかったからです。
その夜になるまでは特に普通の状態だったのですが、実家で寝るときに「自分は無職なんだ」と実感し、急に不安になったのを覚えています。
次の就職先は決まるだろうか、お金は大丈夫だろうかと思い始めてなかなか寝られなかったのを覚えています。
その次の日には自分の家に帰り、本格的に就職活動を始めました。
私が退職した当時は、自己都合での退職なので失業手当を申請してから受給できるまでには約3か月の待機期間がありました。
今は短縮されているはずです(ここはご自身で調べてください)
実際の入金までの約2か月、この期間は国からのサポートも一円も入ってこないという現実を知っておかなければなりません。
もちろんですが、失業手当もずっと入ってくるわけではありません。
貯金を切り崩すだけの生活を耐え抜くための、具体的な軍資金の重要性について解説します。
当時の私の生活費は、月に20万円あれば十分にやっていける計算でした。
固定費や食費など、実際に私(当時は独身、一人暮らし)が無職時代に支払っていた金額を公開します。
自分の今の支出と照らし合わせながら、シミュレーションしてみてください。
当時の家賃は水道代込みで5万円のところに住んでいました。
食費と交際費は合計で6万円ほどでしたが、これはすべて外食だったので少し高めです。
自炊を頑張れる人なら、ここはもっと削れるポイントになるはずです。
光熱費が約1万円、通信費はスマホが2000円、ネットが5000円ほどでした。
退職する直前に格安スマホに切り替えておいたのは、今振り返っても本当に正解だったと思います。
サブスクなどは契約していなかったので、日用品の購入やを含めても月20万円で収まっていました。
車を持っていない私にとって、転職活動の移動手段はすべて電車でした。
実はこの交通費が、無職期間の家計にとって意外な落とし穴になります。
エージェントさんとの面談をしたり、一社受けるたびに往復の運賃がかかり、何十社も受けていると総額はバカになりません。
ただ、今は当時と違ってオンライン面談やオンライン面接もあるため、会社によっては交通費がかからないかもしれません。
私はパチンコ店員時代に、約400万円の貯金を作ることができました。
休日に趣味のパチンコやスロットを楽しみながらでも、意識をすればこれくらいは貯められます。
このまとまった貯金があったからこそ、私は無職の間も焦らずに活動を続けられました。
貯金があるということは、嫌な会社を「断る権利」を持っているのと同じです。
「あと数ヶ月は生活できる」という安心感があれば、面接でも落ち着いて自分を出せると思います。
パチンコ業界から脱出するためには、勢いだけでなく冷静な資金計画が必要です。
まずは月20万円を基準に、自分が何ヶ月無職でいられるかを計算することから始めてみてください。
しっかりとした貯金こそが、あなたの新しい人生を掴み取るための最大の味方になってくれると思います。
元パチンコホールの現場スタッフから、未経験で経理職へと転身した異色のキャリアを持つ現役経理部員です。 パチ屋店員として5年以上、ホールを駆け回る日々を過ごしていましたが、将来への不安から一念発起し、事務職へのキャリアチェンジを決意しました。 現在は経理として10年以上のキャリアを積み、主に経費精算や支払い実務の最前線で会社のお金を管理しています。 保有資格は日商簿記2級です。 本ブログでは、パチンコ店から経理に転職したときの状況や転職方法の他に現職の経理としても領収書や請求書処理といった経理実務のリアルな現場の知恵や、未経験から経理マンとして生き残るための仕事術を発信しています。 「パチ屋から事務職なんて無理だ」と諦めかけている方や、日々の経理業務をより円滑に進めたい方に向けて、実体験に基づいた等身大の情報をお届けします。